ワインの味|ぬくもり3-24

 ぐでんぐでんに酔っ払った客たちが、一人また一人と、右へ左へ体をふらつかせながら島から出ていった。今夜も、カウンターの中は、大量の皿や小鉢、ジョッキやお銚子などの洗い物で埋め尽されている。女将の島野香織は、看板の照明を落として暖簾を仕舞った。 「何か食べる?」 いつものカウンター席で、一番奥に座る永井譲二に声をかけたのだ。 「ああ。」 「焼きうどんでいいかい?」 「少な目でいい、頼む。…

続きを読む

摩利支天|ぬくもり3-23

 白竜駅で任意での同行を求められた田所万作は、千穂の前では、狐にでもつままれたような顔をしていた。しかし、二十年前の改築工事にまつわる事情聴取であると告げられた刹那に、彼は、くるべき時がきたことを内心で悟っていたのかもしれない。妻だけを帰りの電車に乗せたのだ。心配いらないと笑顔を見せる夫に、千穂は動じることなくうなずいていた。万作ほどの男と連れ添うということは、こういう事態も十分に想定されるのだ…

続きを読む

炎|ぬくもり3-22

 緞帳の降ろされた、大広間の舞台の上が、菊川由莉のアトリエ兼作業場となった。横幅が8m、高さが3mもの作品に挑むのは、さすがの画伯も初めてなのだ。特注の巨大な用紙は、すでに表装屋に依頼した。だが、彼女のあみだした特殊技法を用いても、描き切れるかどうか、正直なところ、まだやってみなければ分からない。それでも引き受けたのだ。なるほど、菊川由莉の男前の本領発揮であった。高い壁ほど、乗り越えずにはいられ…

続きを読む