希死念慮|ぬくもり1-18

 和代の手術の日が近付いていた。遥香は可能な限り時間をつくって、上司からの押し付けにならないよう留意し、あくまでもピアサポーターとして細かなアドバイスを行ってきた。乳房再建に関しても、焦らずじっくり時期と方法を選べば良い。切除と同時に行う再建は、炎症を起こすリスクをかかえていた。ケモ(化学療法)を受ける場合でも、必ず毛髪が抜け落ちてしまうとは限らない。抗がん剤の種類や組み合せによっては、ウイッグの必要ない場合も少なくはなかった。術後の病理検査しだいで、ケモではなくて、負担の少ないホルモン療法による治療もあり得るのだ。知らなければ、誰かの言いなりになるしかない。知らなければ、どこかで何かを損してしまう。自分で選べないこと、意図的に誘導されることが最悪だった。ベストではないまでも、ベターな選択ができるよう、今の和代を全力でサポートしたのである。
「私、もう…。」
だが、深山亮子の場合は深刻だった。
「私なんかが、生きていても…。」
希死念慮(キシネンリョ)。彼女は死にたがっているのだ。
「深山さんの場合は、治療を続ければ十分にがんサバイバーになれると思います。」
「でも、もう生きていない方が…。」
人間関係や病気、経済的な理由などから逃れるために死を選ぶ、自殺願望とは区別されていた。死を望むだけの具体的な理由が見当たらない。漠然とした気持ちで、自らの存在を消し去ってしまおうと考えるのだ。自分は生きているべきではない。生きていてはいけない人間なのだと、まるで他人事のように、自分自身に“死”を突き付ける。ステージ(病期)や予後(ヨゴ)に関わらず、がん患者に比較的多いとされる、特殊で危険な願望であった。
「一度、メンタルのご相談を専門医にされた方が良いのでは。」「そう思います。」
無論、ピアサポーターの手に負える領域の話ではない。
「もう薬は飲みたくありません。」「精神科の医者も嫌いです。」
「以前にも受診されたことがあるのですね。」
現代は、がんによる身体の痛みはもとより、不安やストレスからくる心の痛みも、独りでじっと我慢する時代ではなかった。誰もが気軽にメンタルクリニックを利用し、深刻な症状へ進まないようケアしているのだ。精神科のある総合病院では、院内の医師や看護師たちが、ごく普通に処方薬を出してもらっている。心の痛みも早い段階での治療が肝要だった。
「臨床心理士、はご存知ですか?」
「何ですか、それ。」
心理学や専門的な知識を習得した有資格者だ。いわゆる心理カウンセラーであった。精神科医との大きな違いは、医薬品を扱わないことである。心の問題をかかえる者の話に傾聴し、効果的なリラックス法を伝授してくれるのだ。受診のハードルは、ずっと低かった。
「ありがとうございました。」「試しに予約してみます。」
「あまりお力になれなくて、すみません。」「でも、早いほうがいいと思います。」
完璧なサポートなどあり得ない。医療者ではない彼女たちには、踏み込んではならない“壁”が立ちふさがっていた。それでも、がんと向き合うためには、ピアサポーターの存在は大きな力となる。その矛盾ともどかしさを、遥香は自らの中で消化するしかなかった。

 今日が3回目の相談だった。宏之は、女性ガイドヘルパーの松本瑞希(マツモト ミズキ)と共に、I市のハローワークへ来ていた。ガイドヘルプとは、視覚障害者の外出を支援する同行援護のことだ。福祉サービスの一環として、福祉課の認定を経たのちに支援が受けられる。非課税世帯の彼の場合、月40時間以内なら自己負担なしで利用することができた。
「考えていたより、ずっと厳しいですね。」「面接も受けさせてもらえません。」
障害者の就職相談を専門としている杉田真理子(スギタ マリコ)に、宏之が言った。
「一般事務職は、応募される方も多い職種なので…。」
就職活動を始めて1か月が過ぎた。かるがものお陰で、まがりなりにもパソコンが使えるようになっていた。翔太のためにも、一日も早く職を見付けて、自立の道を歩もうと考えていたのである。しかし、現実は予想以上に甘くはなかった。2度の相談で10社に応募し、全ての会社から書類を送り返されてしまったのだ。
「せめて面接くらい、無理なんでしょうか。」「書類審査だけで落とされるのは残念です。」
「お気持ちはよく分かります。」「でも、幅広い人材を求めている企業さんもありますから。少し検索条件を広げてみませんか。」
「あ、いえ。覚悟はしていました。」「愚痴を言ってすみません。お願いします。」
現在は、各企業に対して、障害者の雇用が数値として義務付けられている。むしろ積極的に雇用することで、企業側も社会的貢献度のアピールとなって、その上に、助成金などの面で優遇措置まで享受できた。しかし、実態は、職を求める障害者の現状に則してはいない。特に、重い障害をかかえる中高年者の場合は、事実上、その対象外であると断じても過言ではなかった。ひとくくりに障害者と言っても、個々の状態は実にさまざまだ。軽度の知的障害もあれば、重度の身体障害もある。中でも、全盲の視覚障害者の就職は、大変に困難であると言わざるを得なかった。仕事の能力や適性があるか否か以前のところで、ほとんど先入観だけで“仕事なんかできるはずがない”と決めつけられてしまっている。職場での受け入れ態勢にも、よけいな経費が発生するのではないか。他の従業員の足手まといになるのではないか。果ては、災害時の避難にまで危惧をして、わざわざ面接に貴重な時間を割くべき障害者ではない、“数合わせ”に欲しているのは、限りなく健常者に近い軽度の若者世代なのだ、と。採用する担当者個人の偏った主観が、国の定めた障害者枠の門戸を極端に狭くしていた。
「この求人はどうかしら。」「簡単な集計作業。基本ソフトの操作のみでOKみたい。」
「視覚障害者でも応募できますか。」
「電話で問い合せてみますね。」
ハローワークからの問い合せを、電話の段階で門前払いすることはほとんどなかった。それなりの企業であれば、重度障害者の採用に後ろ向きであると受け取られたくはない。一応は書類を送らせて、一定期間放置したのちに、手付かずのまま送り返すのだ。単なる偶然か。宏之の手元に戻ったものはどれも、複数の応募書類の並びが、発送した時の並びと変わらなかった。
「ありがとうございます。すぐに書類を送ってみます。」
中途失明者への助言で、特別支援学校(盲学校)への入校と、鍼灸師やマッサージ師への転職を勧める話をよく耳にする。だが、ひと昔前と違って、今や、どちらも健常者に人気の職業なのだ。努力の末に資格を得ても、必ず雇用されるとは言いがたかった。
「また、とりあえず書類送れ、でしたね。」
「ええ。期待薄です。」「でも。」
紹介状を彼のカバンに入れて、二人はハローワークの玄関を出た。
「何社落とされても、絶対に諦めません。」
「はい、そのイキです。」「頑張って下さい。」
瑞希は、そう言って彼を横目で見た。
「翔太君のために。」
「自分の明日のためにも。」
少ない言葉数の中でも、命を預ける彼女との心は通い合っていた。ひと言の励ましが、千人力にも感じられている。人の心を支えられるのは、人の心でしかなかった。


この記事へのコメント


この記事へのトラックバック