面接|ぬくもり2-12

 千載一遇のチャンスが訪れた。採用担当者から書類審査通過の連絡が入った時は、電話を握る手が震えていた。瑞希にスーツの支度を手伝ってもらい、散髪も済ませ、万全の態勢で面接に臨んだのである。会場で待っていた担当者は二人。上司らしき穏やかな声の女性と、アニメの声優を思わせる可愛らしい声の若い女性であった。
「全く見えないんですね。」
「はい。」
平野琴美(ヒラノ コトミ)と名乗った年配の女性が主導した。
「失礼だけど、ほんとにパソコンは使えるのかしら?」
「はい。あの。」「音声ソフトをいくつかご用意頂ければ…。」
「こちらで買うってことね?」
「ええ。ご採用頂けるなら、購入をお願いしなければなりません。」
「けっこうしますよ。特殊なソフトですから。」
「そうなの?」
「はい。販売元が寡占状態なので、どれも高いものばかりです。」
池上美羽(イケガミ ミウ)と言う若い女性が、いくぶん声の質を落として口をはさんできたのだ。この方面にも詳しいらしい。それとも、予め調べてきたのか。いかにも物知り顔だった。
「正式採用前の試用期間に購入するのはどうかと…。」
これでは話の展開が悪い。宏之は焦った。
「そう言うことでしたら、体験版を利用する方法もありますので…。」
「でも、一か月とかですよね。」
冷たい言い方だった。
「え、ええ。まあ。」
「基本OSにもナレーション機能が付いています。」「あれで十分かと。」
「ナレーション機能って?」
「音声ガイダンスで、操作を読み上げてくれるんです。」「後でご紹介します。」
「へえー、うちのオフィスのパソコンでもOKなの?」
「もちろん。」
「だったら、それで…。ねえ、どう?」
「あの。」「OSのものは使いづらくて、視覚障害者には実用的ではありません。仕事で使うとなれば、なおさら厳しいと思います。」「当面は、自前のパソコンを持参して…。」
「それはダメね。個人の物を、社内のネットワークに繋ぐわけにはいかないわ。」
今度は平野が否定的な言葉を口にした。
「最初から何もかも100%でないと働けないのかしら?」「あなたも努力してみるべきじゃないのかなあ。全否定されたら、これ以上話が前へ進まないわ。」「でしょう?」
池上の提案で問題解決、そう彼女が思いかけていたからだ。自分は採用する方向で考えている。贅沢を並べず、その意をくめと言っているのだ。数か月前に面接まで漕ぎ着けた企業も、高額な音声ソフトの購入がネックとなって不採用となった。どんなに障害者の就労を支援する枠組みの法律を整備しても、旧態依然とした採用担当者の認識が変わらなければ役に立たない。仏つくって魂入れず。予想外に経費が掛かるとなれば、中小の民間企業にとって合理的な配慮と理解するはずもなかった。
「今日は、自分のパソコンを持ってきました。実際にどう違うかを…。」
彼には見えなかった。この時、上司に顔を向けた池上が、素早く頭を横に振って見せたのだ。自分の提案を拒んだ宏之を、もはや受け入れるつもりは全くなかった。
「残り時間が限られてるから。」「職歴について聞かせてもらおうかしら。」
この段階で、採用の見込みはなくなっていた。その上、急に日時が決まったがために、今日のガイドヘルプは瑞希ではなかった。視力を失うことで、全盲の視覚障害者は自分自身をも見失ってしまう。かるがもとの出会いで克服したはずの“二重の喪失感”が、ただ彼女が傍にいないと言うだけで、再び彼の心を白い闇の中に閉じ込めようとしていたのである。

 自分は、まだマシらしい。近い病院に手早く運び込まれ、適切な処置を施されたお陰で九死に一生を得た。勤務中であったがために、労災が生涯に渡って適応され、障害者年金と合わせれば恐らく食うには困らない。否、本格的なリハビリが始まれば、必ず社会復帰できると考えているのだ。そんな皮算用は、今の俊哉にとっては無用であった。皆が励まそうとする言葉が、無意味なばかりか、いらだちを募らせる原因にもなっていた。
「はい。じゃあ、今日はここまでね。」
白衣を着た理学療法士の田中美佐江(タナカ ミサエ)が、動かしていた彼の右腕をベッドに戻しながらそう言った。彼女はまだ若い。30代くらいに見えていた。
「いつになったら起きあがれるんだ?」「もう天井見るのはうんざりだ。」
「そうですね。分かります。」「でも焦りは禁物。まずは腕を動かすことからです。」
「ふん、またそれか。もうすぐ一か月だぞ。」
「きちんと首がすわるまでは、ほかのリハビリは無理なんです。」
記録を残して立ち去る美佐江と入れ替わりに、家政婦の妙子が入ってきた。
「少しは腕が動かせるようになったのかい?」
「携帯を見てくれ。」
「はいはい。」
俊哉が頼りにしていた常務と、姿を見せない彼の妻とが親子であることは聞きだしていた。そこまで分かれば、大方の察しはつく。だが、あまりにひどい別れさせ方であった。まだ本人は、リハビリさえも行えない状態なのだ。普通の男なら、とうに生きる気力を失くしていた。幸か不幸か、松山俊哉は例外のようだった。これほどかたくなに、現実を受け入れない患者も珍しい。妙子は、彼に興味を持った。この先、どう人生に立ち向かうのか。それとも、やはり奈落の底に落ちてしまうのか。それを見定めてみたいと密かに感じ始めていた。
「あっ、風花が舞ってる。いよいよ冬本番だねえ。」
着信がないと聞いた俊哉は、言葉を返すことなく、また天井だけを黙々と見上げていた。
「今夜は、あったかい鍋にでもしようかなあ。」



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