ホワイトクリスマス|ぬくもり2-16

 一通りの手順を踏んで関係者への挨拶を終え、マネージャーを名乗る男性に伴われて、コンサートの終盤には楽屋まで辿り着くことができた。それほど広くはない個室に、贈られた花やプレゼントなどが所狭しと置かれている。サドゥンリーの人気のほどが窺えた。大晦日の歌合戦まで出場予定なのだ。飛ぶ鳥を落とす勢いの有名ミュージシャンとなっていた。
『俺、ビッグになりたい。』
『大樹ならなれるわ。』『私、ずーっと応援する。』
『真帆がいれば、夢が叶う気がするよ。』
『あなたの夢は、私の夢だから。』『お願い。私を離さないで。』
あの時の想いを片時も忘れたことはない。彼は、自分の青春そのものであって、唯一の偽らざる真実でもあった。二人で過ごした時間の中にだけ、生き生きとした本当の自分が存在している。大樹にとっても、それは同じであるはずだった。永遠の愛を誓ってくれたのだ。必ずやビッグになって、愛するお前を幸せにしてみせると言ってくれたのだ。未だかつて口喧嘩さえもしたことがないほど、自分たち二人の相性は抜群だった。アンコールのラストソングが終わるまで、彼女は、自らにそれを語り続けていた。
「お疲れ様でした!」
思わず立ち上がっていた。マネージャーの男性が、楽屋前の通路で声を上げたのだ。心臓が早鐘を打った。ドアが開くまでの数秒間に、真帆の期待と不安はマックスとなっていた。
「やっぱりな。そうだと思った。」
入口で一瞥をくれただけで、スポーツドリンクを手にした大樹が、真帆の目の前を素通りしていった。あとに続いたもう一人のボーカリスト、アッキーこと、香坂秋菜(コウサカ アキナ)と並んで化粧台の椅子に腰掛けたのだ。次々に、関係者たちも入ってきた。楽屋はコンサートの成功に対する祝福と絶賛の言葉で埋め尽くされていった。片隅へと追いやられる真帆のことなど、誰一人として関心を示さない。皆は、サドゥンリーの二人に目の色を変えていた。たったの数メートルが、果てしもなく遠い距離に感じられていた。約束の10分が過ぎたとマネージャーに冷たくあしらわれ、真帆は一言も交わすことなく追い出されてしまったのである。茫然として通用口に現れた親友を、知世はかかえるようにして自分の車へ連れていった。

 子供の頃に胸をときめかせたクリスマスは、おとぎの国の夢物語だった。良い子にさえしていれば、真っ白なおヒゲのサンタさんがやってきてくれる。赤鼻のトナカイが引くソリに乗って大空を駆け回り、素敵なプレゼントを子供たちに届けにきてくれるのだ。きらびやかに飾り付けたツリーの灯りも、可愛くデコレされたケーキの甘い香りも、幼い遥香の心を幸せな気持ちで満たしてくれていた。いつの頃からだろう。サンタさんが両親なのだと気付いていた。朝、目が覚めて、枕元に置かれていたサンタからの贈り物を親に見せびらかすこともなくなっていたのである。本当に、白いおヒゲのサンタクロースなんかいないのだろうか。本当に、あの幸せな思い出の全てが作り話なのだろうか。
「お疲れ様ーっ!」
「お先にーっ!」
イヴの番は満室だった。だが明日が平日なだけに、クリスマス当日の今夜は、客室階はひっそりとしている。残業続きだった遥香も、ようやくお役御免となったのだ。
「あ…。」
ホテルの通用口を出た遥香は、降り始めた雪に困惑した。今夜は傘を持ってきていない。駅まで小走りで帰ろうか。それともフロントで、貸出し用を借りて帰ろうか。中途半端な降り方だけに、溜息をつきながら立ち止まって夜空を見上げていた。
「どや?二人で相合傘。」
この言い方が癇に障る。以前なら無視して歩き出していた。
「高いですよ。私と相合傘。」
「あはははっ、ほな、飯でもおごらしてもらおか!?」
「今夜は、どこの赤ちょうちんですか?」「さぞや熱燗がしみるでしょうねえ!」
遥香が行きたいと思っていた憧れの有名店だった。一年前でも予約が取れない。しかも、今夜はクリスマスの当日なのだ。どんなマジックを使ったのか。二人が案内されたのは、生演奏のピアノが目の前の、間違いなくこの店で最高のテーブル席だった。
「メリークリスマス!」
「メッ、メリー…クリスマス。」
なんだろう、この胸のざわめきは。こんな素敵なクリスマスディナーが待っているなど、夢にも思わなかった。最高級のワインと、凄腕シェフの冴えわたる逸品の数々、そして、二度も自分を救ってくれた、良く見れば意外と二枚目の宗一郎がそこにいる。
「白石さん、こんばんは。まさか来てもらえるなんて。」「光栄です。」
ピアノ演奏に酔いしれていた客たちの視線が一斉に集まった。何度もテレビでみたことのある超人気シェフが、わざわざ彼に挨拶しにきたのだ。遥香の目が点になった。
「元気そやな。」「無理言うてすまんな。」
「今の俺があるのは、ぜんぶ白石さんのお陰です。こんなことくらい何でもありません。」
「ほな、も一つ頼まれたってくれ。」
最初から、自分のために予約してくれていたのだ。遥香はようやくそれに気付いた。
「お安い御用です。久しぶりに俺も聴きたいです。」
信じ難い光景だった。宗一郎が、痺れるような甘い歌声で、店内の客たちをうっとりとさせていったのである。だが、それはまさに、彼女一人のために歌うクリスマスソングだった。誰ともなく立ち上がり、ピアノの周りでダンスを始めたのだ。皆が夢心地となっていた。
“Shall we dance?”
もしかしたら、サンタを信じ続けてきた自分に、白いおヒゲの彼が一夜限りの贈り物をこっそり届けてくれたのかもしれない。きっとそうだと、彼女は思った。
「なあ。」
「はい。」
「来年も予約していいか。」
「え。このお店を?」
「如月遥香を。」
店側の計らいで、照明が絞られていた。エレガントにリードする宗一郎の肩に寄せた頬を、遥香はしだいにうっすらと染めていくのであった。
「うふふっ、考えときます。」
天から舞い降りる無垢な妖精たちの特別な演出で、窓の外は白く輝く一面の銀世界と変わっている。心を酔わせるホワイトクリスマスの調べに乗せて、ロマンチックな聖なる夜の二人の想いもしだいに重なり合っていくのであった。




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