再出発|ぬくもり3-25

 人間にとって、他人に本音を語ることが如何に難しいか、自分の胸に手を当ててみれば、誰もが例外なくすぐ思い当たるに違いない。毎日の生活の中で、反射的に口にする罪のない無意識なものも含めて、皆が一様に大小さまざまな嘘をついて生きている。嘘という言葉に抵抗があるなら、遠慮や礼儀、謙虚さや協調性と、体裁の良い表現に言い換えても構わない。それでも、人は殆ど本音を語らず、差し障りのない言葉を選んで、上手にその場をやり過ごしているのだ。それは、自分を都合よく演出するためばかりではなくて、周囲への影響を慮っている場合のほうが多いのかもしれなかった。本音とは、凡そにおいて利己的で独善的な判断に基づいている。皆が本音を隠さなくなれば、人間関係は成り立たなくなってしまうだろう。その反面で、限りなく本音に近い気持ちを話せる相手がいることが、とても心強く、日々を充実させ、後ろ向きな孤独から解き放ってくれるのも確かなのだ。否、もしかしたら人々は、自らの本音を本当は捨て去ってしまっているのかもしれない。“こう生きたい”よりも“こう生きるべき”のほうが、はるかに理想的な自分を貫きやすいからだ。人の波に抗うなかれ。流されて生きるほうが、より賢く、より秩序的で整然としていた。あえてそれを拒むなら、どんなに愚かで滑稽に見えても、己の正体を周囲に晒して、真っ向から自分自身や社会と闘わなければならない。真に心の強い人間でなければ、本音を隠し、偽りだらけの日々を、甘んじて受け入れて自分に対して自己弁護をするほうが格段に人間らしかった。
「あんたも、ずいぶん物好きな男だ。」
練習するには絶好の場所があると、広岡俊一が自ら移動のための運転を買って出てくれたのだ。助手席に座った俊哉の車椅子は、一旦後部座席に積まれていた。
「あなたに山崎さんを紹介したのは私ですから。」
改造を終えて納車された松山俊哉の車で、目指す場所へ向かっていた。
「それに彼のことも、何とかしてあげたいんです。」
「ふん!佐々木敦夫のことか。幸運な奴だ。」
「ええ。松山さんがいてくれて良かったです。」
健常者が運転するなら、従来のアクセルやブレーキなどを普通に使うことができる。俊哉の車は、チェンジのシフトレバーがハンドル位置にあるものだが、それ以外のウインカーやライトの操作も何ら変わりはなかった。つまりは、俊一が代わりに運転しても支障はないのだ。
「俺には。」「あんたたちがいてくれたから。」
「ははっ、俊と俊ですからね。ご縁を感じます。」
一般の車と大きく違っているのは、俊哉の状態に合わせて特注されたオートピーコンと呼ばれる装置であった。右ハンドル車の運転席の左側、助手席との間にT字形のレバーが立っている。手前に引けばアクセルとなり、逆方向に押し込めばブレーキがかかるのだ。指先の力が極端に弱いため、運転中頻繁に操作するウインカーも、そのレバーに小さなスイッチが付けられていた。俊哉の場合はシートベルトの脱着も握力不足で不可能なことから、その装着が免除されるのもすでに問い合わせて確認済なのである。
「ここなら障害物もありません。」
「なるほど。」
港湾地区にある広い更地であった。
「じゃあ、私は後部座席に移りますね。」
内心では、感無量であった。事故直後の、生死の境をさまよっていた時から、ヘッドギアを着けて天井のみを見上げ続けていた日々が、昨日の出来事のように彼の目の前に蘇ってくる。自分以上に苦しんだであろう真帆のことも、先の全く見えないリハビリを始めた当時の自分の姿もだ。車椅子の貴公子との出会い。最愛の息子の誕生。新しい仲間たち。そして、自らの休みを潰してまで、こうして付き合ってくれる作業療法士の支えがあってこその今なのである。そうなのだ。今日の広岡俊一は、完全なボランティアであった。
「俺は。」
俊哉は、自分の車椅子を、腕の力だけで助手席に引き上げていった。自らの体も、握力は一切使わずに、肘と腕力のみを頼りに持ち上げ、リハビリ通り運転席に乗り込んでいたのだ。
「この瞬間を、たぶん一生忘れない。」
「え?」
俊一は、彼の呟きを聞き逃さなかった。
「ふん、大げさに聞こえるだろう。」
俊哉は、アクセルのレバーに手をかけた。
「いいえ。」「私も、たぶん一生忘れられないと思います。」
二人は、まるで示し合わせたように、ルームミラーの中で互いの視線を重ねていった。
「あなたの後に続く人たちがいれば、今日の日を私が語り続けるでしょう。」
「もうこんな思いは、一人もしてほしくないがな。」
「はい。私もそう思います。」
まさしく、この瞬間の彼らは本音で語り合っていた。言葉の背景にあるのは、乗り越えてきた過酷な日々と、それを間近で見守りながら手を差し伸べてきた者との間に生まれた深い絆なのだ。自分を偽ることも、相手に合わせることも必要ではなかった。
「さてと。」「微速全身と行くか。」
広いその空き地を、俊哉の車が、のろのろと歩くほどの速度で動き出したのだ。目標は1か月。佐々木敦夫の未来も乗せた、まさに人生を再出発させるための彼の初走行であった。



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