御一行様|ぬくもり3-34

 何かに取り憑かれたような画伯の閃きと創作意慾に、ある決意を胸に秘めた渚が、片時も傍を離れず付きっ切りでアシストを続けていた。どうしても、自らの頭に浮かんだ白い竜の姿を描きたい。こちらも殆どボランティアで、沖むらの中広間(チュウヒロマ)の舞台前に下絵を広げていた。菊川由莉がこの白竜浜を訪れてからのわずかな時間に、見目麗しい美人若女将と妹は、彼女の目からも明らかに分かるほど大きな変貌を遂げていた。言葉では上手く説明できないが、心の奥の奥に、直接伝わってくるのだ。何かが起ころうとしている。人智を越えた、広い天地を破滅的に揺るがすほどの桁違いの何かだ。もしかしたら、そうなのかもしれない。本当に目撃者となれるのかもしれないと考えていた。そうでなければ、今の自分を説明できないのだ。由莉は、その暗示的な閃きを、全力で描かずにはいられなくなっていた。
「はい、菊川先生のお陰です。」「そうすることに決めました。」
「ほんに渚なら、きっと想いを叶えられるであろう。」
「うふふっ、先生に言われると、何だかすごい自信になります。」
自らの考えを、初めて由莉にだけ打ち明けたのだ。二人は、渚の淹れた珈琲で休憩を取っていた。母と娘のようでもあり、師匠と弟子のようでもあった。広間を囲む障子から、暖かな春の日差しが畳一面に広がっている。渚は心穏やかに彼女を見詰め、由莉もまた、さらに美しさを増した妹を、この上もなくやさしい眼差しで見詰め返していた。緩やかな時の流れに心癒され、忙しなく突き進んできた人生にも、暫しの憩いを与えているかのようだった。
「うーん、竜の顔は、やっぱり愛嬌があって可愛いほうがいいわね。」
「なんじゃと?!」「おおーっ、モデル時代の服が入らない忍者ではないか!」
「ねえ、いっそのこと、ワンちゃんの顔にしてみたら?」「あ、猫ちゃんも可愛いかも?」
「たわけ者め!」「わしのアートを愚弄するでない!」
「ああ、でも私におヒゲを描かせてくれたら、もうちょっと可愛くできるわ。」
「だははははっ、百億万年と三日と45秒も早いわい!」
「三日と45秒なら何とか待てるかも?」「あ、見えないから待っても一緒か?」
ゴールデンコンビの、橘葵であった。
「チャンラー!」
無論、八重子だ。
「白竜浜とかけまして、戦国時代と解きます。」
「いよっ、そのココロは?」
「どちらも、シロが決め手です!チャンラー!」「な!な!
「だはははっ!なるほどのう、白と城か。さすがじゃ!」「で、後の竜と浜はどこに行ったのじゃ?」「ん?散歩か?どこであろうな。帰ってくるのか?」
驚いて目を丸くする渚の前で、かるがもワールドが炸裂した。
「あんたが、妹さんかい?
「あ、はい。」
」「聞いた以上の別嬪さんだ。こりゃあ、目の保養になるなあ。」
同意してうなずく八重子の隣が、白髪の紳士であった。
「皆で記念撮影しよう。」「でも私は、この妹さんと二人だけでいいかなあ。」
山崎は、自慢のカメラで渚にフォーカスしていた。
「大広間のお花、とっても素敵でした。大きくてびっくりしました」
「僕もすごく感動しました。」「由莉さん、ほんとに画家だったんですね。」
小紅螺と友則だった。
「大輔先輩と同じ大学に合格した京奈でーす!」
「大輔先輩の下宿近くの専門学校に合格した果歩でーす!」
卒業旅行を決め込んだJKが、白竜浜でも相変わらず女の火花を散らしていた。
「フンだわ!」
「こっちこそフンだわ!」
すっかり大人びた翔太と彩音、それに宏之もいた。勢ぞろいしたメンバーたちの顔ぶれに、さすがの由莉も、いつしか涙腺が危うくなっていた。
「ウエーン、何で泣けてくるのじゃ。よう分からんが、ウエーン!」
「もういい歳して、ピイピイピイピイ泣くんじゃないわ!みっともない!」
「ピイピイピイピイなんぞ泣いとらん!ウエーン!」「葵に歳のことは言われとうない。」
気が付けば、余りの賑やかさに、渚も笑いをこらえきれなくなっていた。春麗らかな日差しにつつまれた、パワフウで陽気な“かるがも御一行様”の到着であった。

 決して気負いこまず、自分らしく、それでいて、後悔を残さないよう、想いの丈を伝えて彼の気持ちを確かめる。沢田明信の待つ場所へ向かう美玲は、自らに改めてそう言い聞かせていた。今日までに、自分にできること、やるべきことは全ておこなってきた。人事を尽くして天命を待つような、そんな心境なのだ。勿論、これで万全だろうなどと思ってはいない。それどころか、基本的な手話を覚える内に、その先の道のりが、果てしもなく遠く、途方もなく困難なことを思い知らされていた。今日までのせいいっぱいの努力も、彼の失笑をかって、明日は檜になろうとするアスナロの徒労に終わってしまうのかもしれない。一縷の望みは木っ端微塵となって、当たり前のなりゆきで、何も進展せぬまま帰ることになるかもしれなかった。それでいいはずがない。だが、それでもいいと思う以外はなかったのである。
「ごめんなさいね。わたくしに付き合わせて。」
「いえいえそんな、全然大丈夫です。、」
今回の瑞希は、彼女のサポーターとして同行していた。かるがもの皆には、長年、会いたかった友人が隣の町にいると説明して、一つ前の駅で、二人だけ別行動で降りていたのだ。
「でも、心強くってよ。」「オホホッ、こう見えても、案外臆病ですの。」
「とても繊細なのだと思います。」「主人もそう言ってました。」
「あら、ヒロさんがそんなこと?」「まあ、照れますこと。」
二人の友情は、一緒に手話を習う内に深まっていた。瑞希は、彼女の一途さに心打たれ、美玲も、他人を慈しむ瑞希のやさしい心に強く惹かれていた。吉と出るか、凶と出るか。心を一つにした彼女たちは、いざその時を目指して前へ前へと歩みを進めていた。





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