検索|ぬくもり3-36

 柳生康介が彼を見付けたのは、ネットで続ける検索の偶然であった。本名は、八神譲二(ヤガミ ジョウジ)と言うらしい。世界的に有名な、栄えある賞にも輝いたフリーランスの報道カメラマンだったのだ。なぜ、こんな片田舎に潜んで、名前まで変えているのだろう。無論、好奇心に火を着けて、想像力を無性にかき立てる。もしかしたら、未知なる大事件を追っているのか。著名人や政治家のスキャンダルも十分にあり得る話だった。否、先走り過ぎているかもしれない。中年女性の自殺が、驚くほどのビッグニュースとなった町なのである。こんなに実績のあるカメラマンが追うほどの、仰天ネタが埋まっているとは考えにくかった。
「陸上部だったのか。」
だがそれ以上、永井譲二に関して調べている心の余裕がなかった。
「長距離なんだ。」
本人は、全く気付いていない。彼が夢中で検索しているのは、まさかに妹の渚であった。康介の中で、いつしか美崎凪乃と渚が入れ替わっていたのだ。もう、白いナニワイバラも浮かばない。遂に、彼の仲の隠された真実が、運命の時を前に目を覚まそうとしていた。

 眠れなくなった明信が、自室のベッドで天井を見上げていた。せっかく逢えたのに、なぜ、あんなに早く帰ってしまったのだろう。一体、何があったと言うのだ。皆目見当がつかなかった。手話通訳を頼んだ男性も、理解に苦しむと言っていた。気に入らないことでもあったのか。それとも、自分に対して期待外れであると瞬時に感じ取ったのか。彼女のスマホからは、送ったメールに返信もない。あたかも狐につままれたようだった。
―アナタニ、アエテ、ウレシイデス。―
ぎこちない美玲の手話に、彼は感動で胸が熱くなるのを感じていた。全盲の彼女が手話を覚えてくるなど、明信は予想だにしていなかったのだ。自分は、やはり間違っていたのかもしれない。交際は困難だと、自らにそう言い聞かせていた。なのに美玲は、今日までせいいっぱい努力してくれていたのだ。自分が恥ずかしかった。何もしないで、何もしなかった自分に後悔し始めていた。そして、小柄でキュートな彼女の顔も、逢った途端に目に焼き付いてしまい。独り見上げる薄暗い天井にずっと浮かんでいたのである。

 メンバーの寝静まった真夜中に、二人で逢える場所となれば自然と限られてくる。小紅螺と友則は、こっそり家族風呂を予約していた。厚手の丹前を羽織った浴衣姿で、脱衣場の長椅子に腰掛けたのだ。彼は、素足で現れた小紅螺のために、洗面器にお湯を組んで温めてくれた。隣同士で肩を寄せ合い、少し照れながら、貸し切りにできる短い時間を楽しんだのである。たわいもない旅の会話が続いた。しかし、胸の内にある想いは同じであるはずなのに、友則は彼女の期待には応えようとしてくれない。今夜の手持ちの時間が減ってくる。小紅螺は焦っていた。心の準備はできているのだ。求められれば、何も拒まないつもりでいた。
「あ、そろそろ時間だ。」
「そうですね。」
自分は彼に相応しくないのだろう。小紅螺はそう思った。結局何も起こらない。起こらないのは、そういうことだからだ。期待が萎んで、体が重くなっていった。
「あ、小野寺さん?」
「明日の晩も、予約していいかな。」
立ち上がった時だった。やさしく抱き締める友則の腕の中にいたのだ。
「はい。」「私が予約します。」
お母さん、私を生んでくれて本当にありがとう。生まれてきて良かった。小紅螺は、彼の胸のぬくもりの中で初めてそう母に感謝していた。

 渚は、あの時なぜ、自分は“複数形”を使ってしまったのだろう。黒岩武雄に、会わせたい人たちがいると、そう伝えたことがずっと気になっていた。木村碧の他にも、頭に浮かんだイメージがあったのだ。不思議なことに、考え続ける内、そのイメージが具体的になってきた。どこからか次々に聴こえるキーワードで、彼女は遂に、その人物にまで辿り着いたのである。今夜も深夜に独りで置き出して、スマホとの睨めっこを始めていた。
「嘘でしょ?」「あの浦島医院ってこと?」
碧がボランティアをしている診療所ではないか。これが偶然であるはずがなかった。
「柳生、康介。医者なわけ?」「何なのこの気持ち。」
石垣や画伯と一緒に、倒れた八重子を医院に運んだ時、渚は彼とニアミスだったのだ。奥にいた康介と、顔は合わせていなかった。本当に、男性に関心を持ったことは一度もないのだ。唯一の例外が、父のように慕う森下で、無論それも異性に対するものではなかった。
「あたし、何だか変。」「こんなの、おかしい。」
困惑の言葉とは裏腹に、操作する指先が止まらない。もっと知りたい。柳生康介のことが気になってたまらなかった。調べれば調べるほど、さらに自分がのめり込んでいく。時の経つのを忘れて、見知らぬ感情に振り回されていった。
「陸上部?」
今夜はときめきも止まらない。共通点を見付ける度に、胸が躍った。
「長距離だったの?」
真っ暗なリビングで、すっぽりと毛布にくるまれていた。
「あ、焼肉好きなのか。これも一緒だわ。」
あまりに夢中で、背後の視線には気付かなかった。そっと起き出した渚を、扉の間から覗き見ていたのだ。碧は、それが、凪乃に関係していることだろうと誤解していた。彼女の期待に反して、白竜警察は何も動いてくれない。美人若女将は安泰のままだった。このままでは、必ず渚を奪われる。嫉妬は猜疑心となって、もはや愛しさが憎悪に変わろうとしていた。
「うふふっ、分かる。タンシオ最高。キムチも大好きだもの。」
遂に、渚の仲の隠された真実も、運命の時を前に目を覚まそうとしていた。


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