送信|ぬくもり3-37

 障害者。身体障碍、知的障害、精神障害、発達障害など、日常生活を送る上で、心身のどこかに問題をかかえ、何らかの制限を受ける人々の総称である。制限とは、行動の制限、情報の制限、意思疎通の制限、選択肢の制限、そして、差別や偏見による隠れた障壁の制限のことだ。これに、障害者個々を取り巻く環境や周囲の思惑、法的な処遇までもが、実に多種多様で複雑に絡み合うのであった。殆ど同程度の障害でも、先天的な場合と後天的な場合とでは、生き方が大きく異なってくるに違いない。男性なのか女性なのかも、やはり人生設計を事あるごとに左右するだろう。高齢であるか若年であるかも、注視すべき要点だった。つまりは、本来、百人いれば百通りのサポートが必要となる。とても十把一絡げにできるものではなかった。その上、サポートする側の取り組み方や姿勢もマチマチで、かるがもにおいてさえ、高い志を持つ者から、何かの同好会と勘違いしているような者までピンキリだった。自ら楽しむことが最優先で、障害者のサポートは二の次さんの次。そんなメンバーとのミスマッチも、彼らに頼る者には、ある意味での越えられない制限となっていた。大切なのは、消極的な“声”を聴くことなのだ。主張する行為を好ましくないと思う障害者には、匿名で意思表示のできる場が必要であった。決してわがままを言わせる場ではない。サポーターの理解を深め、思い込みや誤解、押し付けを防いで、せめても障害者全般に関わることは共通認識しておくべきなのである。声なき声こそ、真のバリアフリーには欠かせないはずだった。
「白い砂浜が観れないのが残念ね。」「綺麗でしょうね」
葵は、春の香りがする潮風を受けてそう呟いた。
「同感ですこと。」
彼女たちは、早朝の白竜浜にいた。
「観光地て微妙だわ。」「どこに行っても、目の前の景色は分からないし。」
「あら、愚痴ですの?」「オホホッ、説明の言葉って、その方の主観だらけですものね。」
昨夜は、一睡もしていない。布団の中で、見えない天井をずっと見上げていた。葵も、真夜中にすすり泣く美玲の哀しみに、ただ黙って耳を傾けていたのである。瑞希から、事の顛末を聴かされていた。夜明けとともに、お散歩と称して彼女を連れ出したのだ。
「私はね。」「見えなくなって、一つだけ得してることがあると思うの。」
「は?」「何ですこと?」
「自分が見たくないものは、偶然でも見ることがないでしょ。」
「例えばなんですの?」
「例えば、そうねえ、幽霊とか。」「うふふっ、旦那の浮気現場とかもかな。」
美玲も、その意図を十分に感じ取っていた。恐らくは、瑞希が打ち明けたのであろう。障害者であるが故の失意に、どこかで聞いたふうな慰めの言葉は意味を為さない。橘葵自身が、それを一番良く知っていた。励ますつもりでもないのだ。傷付いた心に寄り添ってやりたい。誰かが寄り添ってやるべきだと、そう考えていた。
「わたくしは、もっとたくさん得してますわよ。」
「そう?」
「かるがもで、大勢のメンバーに出会えましたもの。」
「そうかあ。」「そうだね、最高の仲間たちだもんね。」
「オホホッ、でも、ちょっとおせっかいな仲間ですこと。」
本当は嬉しかった。分かってくれていると思うだけで、どれほど心が軽くなることだろう。自分は独りではなかった。こんなに素敵な仲間たちに囲まれているではないか。美玲は、どこまでも落ちてしまいそうだった気持ちが、しだいに救われていくのを感じていた。
「私は、最後に独り残されたくない。」「それだけを、神様にずっと祈ってるわ。」
「え?」
「私が誰より先に逝きたいの。」「独りぼっちにされるのは嫌なの。」
意外な葵の言葉であった。意外ではあるが、分かり過ぎるほどに良く分かる。
「わたくしもそうですわ。」「全く同感ですこと。」
美玲の場合は、それほど遠くない未来に母との別れが訪れるのだ。もしかしたら、その時、明信が傍にいてくれるのかもしれない。そんな期待も、心のどこかでいだいていた。だが、あの時、その期待を裏切られた気がした。彼女は、ようやくそこに思い至ったのだ。何気ない葵のひと言が、彼女の目から鱗を剥ぎ取ることとなった。自分は、自分のことしか考えてはいなかった。これほど努力してきたのだから、きっと彼の心を動かすことができるだろう。二人の交際にも、絶対前向きになってくれるに違いない。いつからか都合の良い物語ばかりを思い描いていた。だから、あんなに腹立たしく感じてしまったのだ。まだ何ひとつ、澤田明信の気持ちを確かめてはいなかった。否、自分の想いすらも全く伝えてはいなかったのだ。鱗が剥がれた途端、恥ずかしさと猛烈な後悔が押し寄せてきた。
「葵さん!」
彼女は、砂浜の堤ですっくと立ち上がっていた。
「わたくし、やるべきことを思い出してよ。」「こうしてはいられませんわ。」
葵は、何かに思い至ったらしい美玲に耳を澄ませた。
「ホーホホホホッ!」「元カリスマスーパーモデルの、アル中オバンのお陰ですこと。」
「ふふふっ、ちびっこギャングの復活ね。そうこなくちゃ!」
彼女たちに潮騒を贈る伝説の白竜浜が、柔らかな早春の朝日の中で美しく輝いていた。

 沖むらの若女将が、鯉の池のある中庭に案内してくれたのだ。ここなら誰にも気兼ねなく話をすることができる。時間の制約もないからと、そう付け加えてくれていた。
「わたくしに付き合わせてしまって、ほんとに申し訳ございませんこと。」
「私のほうこそ、あの時きちんと説明してたら…。」
皆は、朝食後にサファリテーマパークへ出かけて行った。瑞希だけが彼女のために居残ったのだ。明信に送ったメールには、未だ返信がない。来てくれるかどうかも分からなかった。
「あ、美玲さん!」
二人の心に、温かな灯りが点った。
「こちらです。」
初美が、女性の手話通訳を伴った明信を連れてきたのである。彼の手には、あいうえおの発音を覚えるための、子供のおもちゃが握られていた。スマホのやり取りだけではもどかしい。美玲のメールを受け取ってから、あちこちをかけずり回って、ようやくそれを見付けてきたのだ。最初の挨拶だけを見守って、瑞希と通訳の女性は場を外していった。
「澤田さんたち、大丈夫かしら?」
「私が、ちょっと様子を見てきます。」
かれこれ二時間近くが経っている。瑞希がそう言って中庭に向かったのだ。そして、思わず瞳を潤ませていた。片隅に置かれた縁台で、ごく自然に二人が肩を寄せ合っている。仲睦まじい姿に、彼女はそう理解した。今の美玲には、もう言葉が必要ないのかもしれない。彼にも、恐らく手話が必要なかった。見ているだけでそうと分かる。たぶん、互いの想いを、言葉以外で直に伝え合ったのだろう。彼女の目にも、二人が似合いの恋人同士に見えていた。
「どうでした?」
手話通訳の女性に、瑞希は、もう少し二人きりにして上げましょうと提案していった。
「あ、ヒロさんだ。」
スマホに届いたメールには、メンバーの皆が心配していると書かれていた。彼女は、もう心配いらないと返事して、私も早く宏之に逢いたいと結んだのだ。今夜は、思い切り彼に甘えたい。瑞希は、こぼれるような笑みで、愛しい夫に吉報のメールを送信していった。




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