銃声|ぬくもり3-39

 美崎凪乃は、すぐにそこが海の上であると気付いた。目覚めたのが、豪華な造りの船室の中だったのだ。体の自由を奪われることなく、大きなベッドに寝かされていた。何が起きたのかは分からない。しかし、真っ先に頭に浮かぶのは、安否の不明な黒岩武雄のことであった。外から施錠がされている。今はただ、彼の無事を祈る以外にはなかった。
「あなたは!」
最初に現れたのは、まさかに山本茜であった。
「ここで逢えて嬉しいです。」「ずっと憧れていました。」
大きな取引が終わるまで、自分が凪乃の世話をするよう須藤から命じられたと言った。
「あの人は!?」「あの人は無事なの!?」
黒岩という男は、彼の部下たちが身柄を押さえていると説明された。女将さん次第で、いつでも始末できると、言われた通りに、須藤の言葉を伝えたのだ。
「今は遠い海の上です。ここからは逃げられません。」
自らに恨みを持つ、この若い娘にすら、絶対に服従しなければならない。逆らうことは、黒岩の死を意味していると言うことなのだ。須藤や茜から逃れられる選択肢はなかった。
「どれにしましょう。」「全部、すごくセクシーですね。」
茜の開いたワードローブには、真一の選んだ好みの衣装が揃えられていた。
「でも、その前に。」
妖しげな目でベッドに上がって、凪乃の隣まで這ってきたのだ。
「一緒にシャワーを浴びましょうね。」
「あ、いや。」
反射的に、その手を払い除けていた。
「うふふっ、黒岩さんがどうなってもいいですか?」
無論、自分へのリベンジのつもりなのだろう。茜の嗜好は承知している。赤いカーディガンを剥がされ、白いブラウスのボタンも外されていった。それから、体を抱き締めてきたのだ。
「好き。」「ほんとに大好き。」
仰向けで倒されていく凪乃に、上気する茜が耳元でそう囁いた。

 夜陰に紛れた銃撃戦が、既に鬼ヶ島で始まっていた。だが、黒岩たちには多勢に無勢。圧倒的に不利な戦いを強いられていたのだ。水陸両用の装甲車が、びっしりと砂浜を埋め尽くしている。まさかに、背後の岩山内部にも、岸壁のどこかから別動隊が突入を開始していた。如何に大量の武器を備えているとは言え、前後からの挟撃では持ちこたえられない。ヨットハウスに侵入されるのも、もはや時間の問題に思えていた。
「おじき、ヘリで逃げて下さい!」
黒岩は、監視カメラの映像で冷静に戦況を分析していた。上陸した遊撃隊が、真っ先にヘリポートを占拠したのだ。白旗を上げて投降する以外、組員たちを救うすべはなかった。
「俺のことはいい。」
「無茶です!逃げて下さい!」
こうなることは予測していた。否、こうなることを、心秘かに望んでいたのだ。今頃は、伝説が真実となっているだろう。自分と凪乃には、神の望む悲恋の結末が待っている。まだまだこれからであった。“神をも欺くシナリオ”は、これからなのだ。今日まで重ねた悪行も、自らの散りぎわに、天界の耳目を十分に集めるためであった。
「もう、良かろう。」「お前たちは下れ。」
「おじき、何をバカな!」
須藤の手下の一人が、監視室の入口の隙間から銃口を向けていた。
「これは命令だ。」「親に貰った命を無駄にするんじゃない。」
銃声が響いた刹那に、早乙女真琴がヨットハウスになだれ込んでいた。

 白い竜の描かれた舞台のある広間の照明は、非常灯以外は全て落とされていた。画伯は、妙な胸騒ぎを覚えて独りで確認しにきたのだ。夕食を済ませたメンバーは、それぞれが思い思いに楽しく時を過ごしていた。変わったことは何もない。ひっそりと、自らが描いた竜が闇の中にいるだけであった。ほかの者たちなら、思い過ごしであると受け取ったであろう。だが、研ぎ澄まされた由莉の感覚が、その見えない変化を見抜いていたのだ。
「何が起ころうとしておるのじゃ。」「わしに、どうせよと?」
真剣な眼差しで、正面の白竜に話しかけていた。
「もしや…。」
自らの行動を、由莉自身でも説明できなかった。広間の障子を開けて、窓ガラスを開け放ったのだ。凄まじい突風が、彼女の背後から屋外へ、轟音と共に吹き抜けていった。
「やはりか。」
舞台の絵に振り返った画伯が、思わずそれを口にした。それから、もう一度ガラス窓に顔を向け、忽ち暗雲の立ち込める夜空を見上げていったのである。
「ぬふふっ、なるほど、わしをここに呼び寄せたのじゃな。」「おもしろうなってきたわ。」
白竜浜の伝説に、不敵な笑みを浮かべる由莉の全身は、血沸き肉躍る想いに包まれていった。正に、クルーザーで凪乃が目覚め、鬼ヶ島で銃撃戦の始まる直前の出来事であった。



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