突風|ぬくもり3-40

 目当ての渚にメールを送信した男たちは、茨岬の同じ場所に黒いワゴン車を停めて待ちかまえていた。車内に姉がいると見せ掛け、同様に薬を嗅がせて意識を奪う。そのまま陸路で連れ去るつもりでいるのだ。そろそろ洋上の取引が、須藤の手で大詰めを迎えているはずだった。鬼ヶ島も、想定通り、夥しい数の機動部隊に囲まれている。もう黒岩は、この世には存在していないだろう。須藤会とその一派の、我が世の春が訪れようとしていた。
「何だ!?」
突然、大きな爆裂音が耳をつんざいたのだ。
「鬼ヶ島だ!」
三日月形の岸壁の向こう側で、立ち上る黒煙を、炎の閃光が次々に照らし出している。彼らの計画にはない。機動部隊が爆破を行っているのか。想定外の事態が勃発していた。
「ヨットハウスの辺りじゃない。」「南側だ。」
しかし、大爆発は連鎖して、瞬く間に全島に広がっていた。
「岸壁からもだ。」
「危ない!下がれーっ!」
だが、爆風で吹き飛ぶ岩石以外に、天空からの巨大な何かが彼らを襲ったのだ。全員が、断末魔の悲鳴を上げる暇もない。ワゴン車も諸共、その何かが巻き起こした突風に、一瞬で浚われてしまっていたのである。跡形もなく、岬の上から完全に姿を消していた。
「何てことだ。信じられない。」
鬼ヶ島と、現れた彼らの目的にレンズを向けていた。遠い物陰に潜んでいたのだ。八神譲二が、居合わせた自分の目を疑った。まさかに、これが白竜浜の伝説なのか。あまりの出来事で指が震え、シャッターを切れなかった自分にも絶句していった。

 火急の知らせを受けた須藤が、大型客船のタラップを駆け下りようとしていた。もう手遅れだと判断したのはその時だった。あろうことか、若女将を乗せたクルーザーが大きく傾いて、今にも海中へ没しようとしているのだ。どこから現れたのか。見たこともない巨大な白い亀たちに取り囲まれていた。茜や看護師などどうでもいい。凪乃だけは救えと叫ぶ彼の声で、やむなく数人の手下が海へ飛び込んだ。白い甲羅が犇めく海面が血に染まっていった。
「化け物め!」
須藤が、最初の一発を撃ち込んだ。組織の者たちも、一斉に拳銃を向けたのだ。
「何なんだ一体!」
「こいつらは不死身か!?」
デッキの騒ぎに気付いた乗客たちが、客船のそこかしこからとびだしてきた。無論、世界中を股にかける名うての闇商人たちだ。沈みゆくクルーザーと、未知なる巨大生物に目を奪われ、あたかも壮大なスペクタクルショウの観客となっていた。白い亀たちの周りには、血の臭いを嗅ぎつけた獰猛なサメも無数に群がってきている。今、海に落ちればひとたまりもない。それでも、最後まで見逃すまいと皆が船縁を埋め尽くしていた。悲鳴と絶叫が夜空に舞った。轟音と共に、猛烈な突風が彼らに襲い掛かったのだ。観客の大半が、海に投げ出されていった。見るも無残な光景が始まった。だが、そればかりではなかったのだ。
「組長―っ!」
「おやっさん!」
勿論、須藤の手下も例外ではない。辛うじて船上に残った男たちが、彼の周りでガードした。二度目の強い衝撃が襲い掛かったのもその時だ。今度は、明らかに船底からドスンと響いて来た。同時に全ての照明が消えて、漆黒の闇と沈没の恐怖が、生き残った者をパニックの中に叩き込んだのである。激しく軋み出す船体の、不気味な音だけが耳に届いていた。

 パニック状態に陥ったのは、鬼ヶ島を臨む白竜浜も同じであった。吹き飛ぶ岩石の破片が、海岸線のホテル群に降り注ぎ。火炎を上げる奇岩城が分厚い雲を赤黒く焦がしていた。観光に訪れていた宿泊客は、施設の避難誘導で続々と安全なエリアに逃げ出している。不測の事態を怖れた十兵衛が、作戦の決行を日没後としたお陰で、就寝中の大混乱とはならなかった。とは言え、天変地異を思わせる大爆発が、止めどもなく間近で連発しているのだ。誰一人、生きた心地がしていなかった。だが、唯一人、人波を掻き分けて、危険な海岸へと向かう人物がいた。何としてでも見届けたい。菊川由莉は、伝説の目撃者となっていた。
「ほう、ど派手にやっておるわい。」
もしかしたら、描いた彼女だけにはその姿が見えるのかもしれない。
「大暴れじゃな。」「さすがは伝説の…。」
浜に配置された警官隊に見付けられ、彼女は強制的に押し戻されていった。
「間違いあるまい。」「本当に鬼たちが棲んでおったのじゃな。」
白竜浜の伝説の二人が、永遠に結ばれる時、鬼ヶ島に巣食う鬼たちも同時に滅びるのだと言う。由莉は、とうとう運命の二人が、三度目の出逢いを果たしたのだと確信していった。

 ゆっくりとしか歩けない小紅螺を、彼は、広域避難所まで自らの背におぶっていった。今夜は二人の気持ちを確かめ合うどころではない。身の安全を確保するだけでせいいっぱいであった。浜からは離れた高台にある高校の体育館だった。不安げな顔をした観光客たちが、殆ど浴衣姿のままで集まってきている。かるがものメンバーたちも、皆一様に蒼ざめていた。
「三日月島が噴火したらしい。」
圭一郎は、最新の情報を皆に伝えていった。
「噴火だって?」「あの島が火山なのか?」
山崎が、怪訝そうに問い掛けたのだ。
「ああ。火山には見えなかったよな。」「まあ、今は話半分てとこだろう。」
「だけど、ほんとに噴火したなら、何枚か近くで撮ってみたいなあ。」
大御所の二人がどんと構えているために、しだいにメンバーたちも落ち着きを取り戻してきている。沖むらの誘導で、ここまで無事にたどり着けたことも、安心感へと繋がっていた。
「大丈夫。僕が傍にいてあげるから。」
「ありがとう。」
だが、友則の心は、まるで違う想いに駆られていた。こんなところで死にたくない。南条正美の顔が頭から離れないのだ。彼女に逢いたい。どうしても、もう一度正美と逢わずに死ぬわけにはいかなかった。土壇場で込み上げる愛しさに、胸の奥がそう叫んでいた。白竜浜の伝説が、彼の迷いをも吹き飛ばしていたのだ。本当に大切な人が誰なのか。絶対に失いたくない相手が誰なのか。小野寺友則は、この時、初めて自らの真実に気付かされていった。
「あれ?由莉ちゃんはどこ?」
ようやく、葵が画伯のことを思い出したのだ。
「もう、またオシッコね。あ、大きいほうかも?」
自分のバッグの中に手を入れていた。こっそり冷蔵庫から持ち出していたのだ。
「うふふっ、まあ、いいかあ。」「どっちみち捜せないし、後はお任せするわ。」
静まり返った体育館に、缶ビールのプルトップを、プシュっと開ける音が響いた。





参加型連続ブログ小説「ぬくもり」シーズン1の第一話はコチラから!

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック